童謡『赤とんぼ』(三木露風作詞・山田耕筰作曲)は日本を代表する童謡として、
2007年には「日本の歌百選」に撰ばれています。
赤とんぼ
一 夕焼、小焼の、あかとんぼ、負はれて見たのは、いつの日か。
二 山の畑の、桑の実を、小籠に、つんだは、まぼろしか。
三 十五で、姐やは嫁にゆき、お里の、たよりも、たえはてた。
四 夕やけ、小やけの、赤とんぼ。とまつてゐるよ、竿の先。
大正10年に作った三木露風の詞に山田耕筰が曲を付けたのは昭和二年のことです。
三木露風が自身の幼児体験を思い浮かべながら作詞した事はよく知られています。
露風は小さい頃に両親が離婚し、祖父の家(兵庫県揖西郡龍野町)で育てられました。
@負はれて見た赤とんぼ
一番の「負はれて見た」を「追われて」と勘違いしている人が多いでしょう。
事実は子守りに 負んぶ されて見たということです。
その子守が三番に登場している「姐や」です。
祖父の家で子守として雇っていた「姐や」(少女)のことで間違いありません。
この時見た赤とんぼは、アキアカネかウスバキトンボでしょう。
兵庫県の辺りだともう一種のショウジョウトンボ(猩猩蜻蛉)もあり得るのですが、
ショウジョウトンボは池の周りでテリトリーを持つのと、ヤンマ位すばしっこい。
渡りをするアキアカネとウスバキトンボはタフだがスピードはなくすぐに止まる。
またテリトリーを持たないので群れて飛ぶ事が出来る。
A姐や
姐やは十五歳で嫁に行く。
ちょっと早い気もしますが明治時代では普通だったのかも知れませんね。
それよりも難解なのは、その後の「お里」の意味です。
これを実家と考えると、誰の実家なのでしょうか。
多くは姐やの実家と見ているようです。
となると近所の村の出身だったのかも。
2018年に「お里」は姐やの名前ではないかと言う説が出ました。
私はこれがしっくりくると思いますがいかがでしょうか。
B止まっているよ竿の先
「赤とんぼ」の歌詞を一番から四番まで眺めると、四番だけが現在形になっています。
四番の「赤とんぼとまつてゐるよ竿の先」は、以前に露風が作った俳句でした。
それをこの歌に当てはめたようです。
ここから類推されるのは、大人になった露風(作詞当時三十二歳)が、
竿の先にとまった赤とんぼを見て、そこから自分の幼い頃を回想している風景です。
懐かしい姐や、私をおんぶしてくれた姐や。
十五で嫁に行った後、今も幸せに暮らしているだろうか。
露風はノスタルジーに浸りながら、「赤とんぼ」を作詞したのでしょう。
C赤とんぼの種類を推定する
アキアカネは夕方にはもう飛ばないという習性が知られています。
「夕焼け小焼けの赤とんぼ」という歌詞に矛盾する、と指摘されているのです。
「このトンボはウスバキトンボではないか」という説が今は一般的です
露風の故郷は兵庫県龍野。
西日本では、アキアカネよりもウスバキトンボが一般的で、
秋に群れをなして飛ぶのを見かけるのはウスバキトンボだからです。
ウスバキトンボ説の弱点は「止まっているよさおの先」です。
ウスバキトンボは枝の途中や葉などにお尻を下にしてたれさがって止まるのです。
歌のイメージと矛盾するという指摘です。
先週、室内に入ってきた赤とんぼが天井付近にぶら下がって止まったのです。
物の上にしか止まれないアキアカネとは明らかに止まり方が違う為、
ウスバキトンボだと一目で確認できました。
ここで思い出して欲しいのは、四だけノスタルジアではなく現代系である事。
昨日今日見た風景を俳句に読んだ物を合わせたって事です。
この当時露風は北海道に住んでいました。
ウスバキトンボは南方系のトンボで温暖化の現在でも北限が青森。
一方アキアカネは北方系のトンボで北海道にも普通に居るトンボです。
ちょっと混乱してしまうかもしれないので2種赤とんぼの説明を入れますね。
北方系のアキアカネは平地で生まれ、暑さに弱い為高地に渡りをするのです。
涼しい秋になると生まれた平地に戻り子孫を残して卵の形で越冬します。
ウスバキトンボは東南アジアから海を越えて日本にやって来ます。
彼らは1ヶ月半で次世代を残し、3世代掛けて東北にまで来ます。
南方系の彼らが何故北をめざして渡りをするかはまだわかっていません。
分かっていることは、南方系の彼らが日本で越冬する事は出来ず、
日本に来たウスバキトンボは毎年全滅を繰り返している事です。
それでも彼らが来ないと雲霞が増えてしまうし田園生態系が破壊されます。
現在の北海道で見る「さおの先にとまるトンボ」と、
子供の頃兵庫県で見た「夕焼けに飛ぶトンボ」は、
別のイメージの組み合わせのようです。
つまり、目の前のさおの先に止まる「アキアカネ」をきっかけにして、
遠い昔の子供時代に見た「ウスバキトンボ」の群舞を思い出した、
というアキアカネとウスバキトンボの共演が真相のようです。
※お子さんに教える赤とんぼの見分け方
電線・柵などに水平に止まるのはアキアカネ
屋根裏などで垂直に止まるのはウスバキトンボ
妙にすばしっこい、喧嘩をする赤とんぼは猩々トンボ
夕方にふわふわと飛んでいるのはウスバキトンボ
一部地域で精霊トンボと呼ばれているのはウスバキトンボ